「あー、ねむ(眠い)。」

とある日、少年は1人呟いていた。
時刻は朝の6時半、辺りには人の気配がほとんどない。
何故そんな時間に彼、忍足侑士がノソノソと歩いているのかというと
どうということはない、テニス部の朝練があるからだ。

「だるいわぁ。」

忍足はまたひとりごちる。
彼の所属する名門・氷帝学園中等部の男子テニス部と言えば、
敗者切り捨ての大変に厳しい環境である。
そういう中で彼は正レギュラーの座を獲得しているつわものだ。
そんな彼には当然だろうが、あくなき向上心というものが存在していた。
だからといって眠い目こすって朝練に行かねばならない現実は
やっぱり面倒臭い。

そういう訳で少年は1人でブツブツ言いながら朝の道を歩いていた。
とにかく早朝の登校は眠くてたまらない。
体は思うように動かないし、油断すればすぐ脳が全霊を以って眠ろうとする。

「アカン、ガッコ着く前に死ぬ。」

忍足がそう呟いた時だった。

 ドギャッ

いきなり背中を蹴られて忍足は一瞬息が詰まる思いをする。
一瞬、『誰やねん!』と言いかけるが次の瞬間その必要がなくなった。

「朝から何挙動不審の人みたいにボソボソ言うとんねん。」

割と高い声、自分の言語によく似た言い回しは
相手が誰かはっきりと忍足に伝えてくれる。

「何すんねん!」

『誰やねん!』の代わりに怒鳴って忍足はバッと後ろを振り返った。
そこには思ったとおりの少女がいる。忍足と同じ学校の制服に身を包み、
足にはスニーカー着用だ。
髪はボサボサ…までは行かないものの
所々ピンピン立っていて後もう一息手入れが欲しいところである。

「やっぱりお前か、。」

片眉をひくつかせつつ忍足は相手に唸った。
目は覚めたものの、蹴られた背中がズキズキ痛む。

「朝から一体どういうつもりや。」
「どういうって、」

と呼ばれた少女はしれっとした顔で答えた。

「目ぇ覚ましたったんやないか。」
「だからって人の背中いきなり蹴る奴があるか!」
「うるさいなー、いちいち細かいこと言うなや。」
「細かないわ、ってゆーか、なやって言うな、なやって!お前男か!」
「カンケーないやろ!」

そうして忍足とはそのままギャーギャー言い合ったが
途中で阿呆らしくなってやめた。

「ほな、行こか。」
「おう。」

2人は今日も一緒に歩き出した。



  今日も明日も“ほな、行こか”



は忍足の近所に住んでいる馴染みだった。
何故幼馴染とは言わないかというと、
そんなに子供の頃からの付き合いって訳でもないという
忍足・両人の認識に基づく。
まぁそれはどっちでもいいことなのだが、兎にも角にも
変わった少女だった。

まずはベタベタの関西弁だった。
とは言うものの、それ自体は別にどうということはない。
忍足だって関西出身で東京に住んでいても
自分の言語をそのまま保持しているのだから。

問題は男言葉だということだった。
違う言語の地域に住んでいるとわかりにくいかもしれないが、
忍足には の使う言い回しが普通女子は
使わないことが嫌というほどよくわかる。
事あるごとに忍足が『お前男か!』と叫ぶのもこのせいだ。

第二に外見に関心を払わないタチだった。
服装は特にだらしないという訳ではないが
(ミニスカにしていないし裾もちゃんと入れているので
寧ろ今時にしてはお堅い方だろう)
先に述べたように髪はボサボサ気味で放置しており、
ヘアピンの一つすら身につけている所を目撃した者はいない。
もうちょっと気ぃつけたらええのに、と忍足は思うのだが
生憎何を言っても無駄だった。

第三に、は鞄にいつもデジカメを入れていた。
何故中学生の分際でそんなものを持っているのかというと、
どうやら父親が仕事用に購入したものを使われてない時は
勝手に持ち出しているらしい。
登校・下校中、学校の休み時間と時を選ばず、
何か被写体になると判断したものを見つけたら
『撮影』と称してそれで写真を撮っている。

彼女が被写体と判断するものはお決まりの風景に始まって、
公園の花、近所の野良猫、
粗大ゴミ置き場に放置されている巨大熊(のぬいぐるみ)、
はたまた学校の中庭の煉瓦畳(れんがだたみ)等々無節操だ。
だがそれだけ撮っておいても何かに印刷してる様子がなく、
その写真データの使いどころたるや、とんと見当もつかないのである。
今でもはデータの使い道を忍足に教えようとはしない。

そんなの家は周知の通り関西出身で、
忍足の一家が東京に来る前から住んでいた。
そのせいか、忍足家が引っ越してきたばかりの時から親同士で
結構関わりがあり、必然的に子供達の方もという感じになったのだ。

同じ関西出身がいたのは子供の頃の忍足には
かなり大きかったものと思われる。
何せ来たばかりの所は誰だって不安なものであるし、
言葉一つにしても周りは東京弁ばかりで自分とは全然違う。
マスメディアの恩恵か、関西弁でも大抵通じるのはまだ救いだったが
忍足は幾度となく落ち着かないものを感じたものだ。
の家は神戸出身だったから、忍足の家で使っている関西弁とは
微妙に違ってはいたけれど。

ともあれそういう訳で、忍足とはよく遊んでいた。
そして同じ中学に上がった今でも何かにつけて2人は一緒にいる。

「で、挙動不審の忍足少年は今日も朝から部活か?」
「誰が挙動不審や。まぁとにかく部活や、部活。
また朝もはよから跡部に怒鳴られそうでたまらんけど。」

忍足はぼやくと、はそら気の毒に、と呟く。

「あいつ、めっさ沸点低いからな。」
「俺様やからしゃあないんやけどな。ちゅうかめっさって言うな、
俺その言い方嫌いなん知ってるやろ。」
「いや、そう言いとなるくらい奴の沸点の低さは尋常やない、と。」

忍足は迂闊にも吹き出してしまった。
自分トコの部長に対し、どう考えても失礼な発言であるのだが
どうにもこうにもおかしみを感じてしょうがない。
(もしかしたらあながち間違いとは言えないからかもしれない)
ひとしきり笑ってから忍足はふと気がつく。

「そういやお前こそ、何でこんな朝早いねん。」

忍足はに尋ねた。
は文化部で、それも吹奏楽部とか合唱部みたいに
朝から練習があるような部活ではない。
運動部が登校するようなこんな時間に何故家を出ているのだろうか。
そんな忍足の問いには何を当たり前のことを、という顔をした。

「そら決まってるやろ、これや。」

言っては鞄をゴソゴソと探る。
その後、ジャキンと取り出されたのはデジカメ。
見た瞬間、忍足はまたか、と思った。

「お前な、低血圧の癖にわざわざ朝はよ起きて登校前に
撮影に行く中学生がどこにおるねん。」
「ここにおるがな、何言うとんねや。」

言うだけ無駄やったか、と忍足は後悔した。
は昔からこういう奴だ。
普段はあまり物事に執着しないというか、とりあえず何かにつけて
『疲れる。めんどい。』とか何とか言って無関心を決め込むくせに
自分がやりたい、と思ったことに関しては手段や時を選ばない節がある。

「で、今日は何を撮りに行くんや。」
「そこの公園に何か新しい花植わってるやろ、それを撮りに。
こないだから撮影したろ(おも)て虎視眈々と(ねろ)てたんや。」

被写体はにとって獲物か何かなのだろうか。
忍足はこっそりため息をつく。

「何やったらお前も来るか?」
「ハ?」

忍足は一瞬ポカン、とする。
何でいきなりそーゆー話になんねん、と思った。

360度全方位から突込みたなるわ。

「あ、部活やからアカンか。」

は忍足の反応に何か思ったのかアハハと笑いながら付け足す。
まぁその通りではある、あるののだが、しかし…

「しゃあないな、」

ちょっと考えてから忍足は言った。

「お前1人でほっとくと何しでかすかわからんし一緒に行ったるわ。」
「ちょお待て、どーゆー意味や。まるで私がトラブルメーカー
みたいやないか!」
「みたいも何もトラブルメーカーやろ。
こないだ岳人とわぁわぁ言い合いしてたん誰やねん。」
「あれは向日の奴がいらんこと言うから…ってそれ今カンケーないやん!」
「ほらほら、行くで。」
「人の話聞けやー!」

喚くをほっといて忍足は先に歩き出す。
部活に遅刻したら後で監督と部長がうるさいだろう。
(うるさいだけで済めばまだいいが)
しかし、たまにはええやんな、という方向に彼は
落ち着いてしまったのだった。



朝早い公園には人気がなかった。

撮影する、というの付き添いで一緒に来た忍足は今
公園の花壇の前に座り込む友の後ろでボンヤリと立っていた。
そんな2人の姿を見咎める者は誰もいない。

「ええ感じやな、」

が言った。

「絶好の撮影シチュエイションや。」
「何やねん、それ。」

忍足は呆れたように言う。

「人がおらん方が都合ええねん。別に悪いことしてへんねんけど、
時たま変な目で見てくる阿呆がおるからな。」

はそう言いながらいそいそとカメラを取り出し、
電源を入れる。
特有の電子音が静かな空間に響いた。

「うーむ、どないしょうかな。」

液晶画面を覗きながらはブツブツと言い出した。
忍足は始まったな、と思う。
が撮影を始めるといつもこうなのだ。
花を撮るんならやっぱし接写モードやな、とか、この角度はどないやろ、とか、
とにかく1人でブツブツ言いまくる。
確かにこの様子だと人目のない方が都合がいいかもしれない、と忍足はいつも思う。
その間にもはベストショットの為に何やらこだわる訳だが、
忍足は『はよせぇや(早くしろよ)』とは絶対言わない。
どうせ遅刻覚悟だから今更だというのもある、が、
何より一生懸命な友の姿が微笑ましかった。

どれくらいそうしていただろうか。

「行けた!」

が声を上げた。

「御免、忍足、待たせた。今うまいこといったわ。」
「ホンマに。そら良かったわ。」
「良かったら見てみるか?」
「おう、見せてみ。」

忍足はが突き出したデジカメの液晶画面を覗き込む。

「へぇ、綺麗に撮れたな。」

小さな液晶画面には色とりどりの花(生憎忍足は花の種類には疎かったが)が
咲き乱れていた。
がこだわるだけあってなかなかのショットである。

「ええやろー、もう3遍くらい撮り直したからな。」
「ようやるわ、俺やったら絶対投げ出すで。」
「デジカメやでー、簡単やって。」
「無理無理、でけへん(出来ない)。」

そうして何だかんだと言いながら2人は学校へ向かった。



と一緒にいたせいで忍足は案の定部活に遅刻した。
当然ながら例の『めっさ沸点低い』部長、跡部にはひどく凄まれたし
何より監督にこれ以上素行に問題があるようならレギュラー落ちにする、と
警告されたのがキツかった。

「やっぱりこないなったか。」

忍足はひとりごちた。 散々に警告(脅迫かもしれない)を食って
ペナルティでグランドを走らされた後のことである。

「ま、わかっててやったんやけどな。」

1人で言いながら水分補給のする彼の所へダブルスパートナーの
向日がやってきた。

「よー、侑士。」
「岳人か、どないした。」
「どーしたも何も、朝練遅刻なんてどうしたんだよ。お前らしくない。」
「別にぃー。」

忍足は答えてドリンクをもう一口すする。
わざわざ向日に朝あったことを説明する気はない。
そんなことを言った日にゃ、このお調子者のことだ、
いらない誤解をするのは目に見えてる。

「ハン、言うまでもねぇだろ、んなもん。」

口を挟んできたのはさっきまで忍足に小言を言っていた部長、
跡部である。

「どうせまたとつるんでたんだろ、なぁ、おい。」

またこいつはいらんことを、と忍足は思った。
案の定向日は跡部に言葉に反応する。

「えー、またかよ。侑士、お前とひっつきすぎ!」
「別にひっついてへんわ、おかしなこと言うな。特に跡部。」
「何故そこで俺様を名指ししやがる!」

いきなり喚きだす跡部に忍足は今朝、が言っていたことを
思い出して忍び笑いを漏らした。

確かにこいつは『めっさ』沸点低いわ。



朝練を終えた忍足は自分の教室へと向かっていた。
朝から彼のファンを名乗る女子達がうるさい。
廊下を歩いているくらいで騒がないで欲しいものだが彼女らにはどんな言葉も届かない。
忍足は聞こえなかった振りをして足早にその場を去ろうとする。
誰かが『あの冷たさも素敵。』なんぞと語尾にハートマークが
ついてそうな台詞を吐き出した。
背中に何か冷たいものが走ったような感覚がして少年は更に足を速めて教室に入った。

「よう、忍足。」

教室に入ると、朝練遅刻の元凶が デジカメの液晶画面をクロスで丁寧に拭いていた。

「何ややかましかったけど、相変わらずモテモテみたいやなぁ。」

完璧に面白がってるな、こいつ。

忍足は思った。尤も、のこれは今に始まったことではない。
多分こいつは自分がかの有名なBOAと付き合ってても面白がって見てるだろう。

「からかうなや。」

忍足はため息をついた。

「こっちがどんだけ大変や(おも)てんねん。」
「そりゃアレやな、所謂一つの有名税やと思うしかないんちゃう。」
「何の話や。」

忍足は言って自分の席に鞄をおく。
(彼の席はの隣りだった。まるで漫画のご都合主義みたいな話である。)

「やっぱり遅刻やったんやな。」

ふいにが呟くので忍足は少し驚いた。

「まぁな。何で知ってるん。」
「朝練見物に行っとった女の子らが言うてた。
跡部と榊のおっさんが説教垂れてたって。」

言ってはデジカメを鞄にしまいこむ。

「都合悪いんやったらそない言うたらよかったやないか。」
「ええやろ、別に。」

ぶっきらぼうだが申し訳なさそうなに忍足は言い切った。

「俺が好きでやってるんやから。」


そうして朝の授業が始まって一応は真面目に聞いているうちに休み時間になった。
授業中ろくすっぽ先生の話を聞いている様子のなかった
休み時間になるや否やフラリと教室から出て行った。
忍足は後を追わない。次の授業の準備をして、
後は持ち込んだテニス雑誌を読むのにかかる。
時折開けっ放しの廊下側の窓から通りすがりの
忍足親衛隊が彼を覗いていた。
何やら訳のわからない賞賛の声を上げてるが
忍足は朝と同じように聞こえない振りをする。

そうしているうちに10分しかない休み時間の半分が過ぎた。
ふと隣の席を見たら、はまだ帰っていない。
一体どこへ行ったのだろうか、と思ったがふと思い出したことがあって
忍足はあ、と呟いた。

「しゃあないなぁ。」

忍足は雑誌を置き、腰を上げた。
見咎める者は誰もいなかったので彼はそのまま教室を出て行った。

教室を出た彼の向かった先は学校の中庭だった。
休み時間がもう残り少ないこともあってか一見すると人の気配は感じられない。
だが彼ははここにいる、と確信していた。
そのまま忍足は中庭の端の方へ足を進めた。

。」

花壇の前に屈みこんでいる見慣れた後姿に忍足は声をかけた。

「あ、忍足。」

当のの反応は呑気なものだ。

「どないした、わざわざ教室出てきて。」
「どないした、とちゃうやろ。」

忍足は呆れる。

「お前、何してんねん。もう休み時間終わるで。」
「あれ、もうそんな時間?」

あれ、とちゃうやろ、と忍足は思ったがそれ以上突っ込んでも
無駄なのでやめておく。
とりあえずはよいしょ、と呟きながら立ち上がる
さっさと行くで、と言って先に歩き出した。

「せやけどようあそこやってわかったな。」

2人で教室に戻る時、が言った。

「いや、最初はどこ行ったんか(おも)たんやけど、
出る時お前がカメラ持っていってたん思い出してな。
また何か撮りに行ったんやろなって。」
「おお、さっすが忍足。」
「ゴホッ、いきなり背中叩くなや。」
「何言うとうねん、男やねんから私がちょい叩いたくらい平気やろ。」
「阿呆か、そういう問題ちゃうわ!心の準備がやな…」
「そんなもん予想外のことなんか世の中にようけ(たくさん)あるやろ。」

2人はそうやって言い合いながら結局そろって授業に遅れて、
一度、職員室まで入室許可証を取ってこなければいけない羽目になった。



「えらい目に()うたな。」
「何を他人事みたいに。そもそもお前がさっさと戻ってこぉへんから
あないなことになったんやろ。」
「ほないちいち迎えにこんでも良かったやないか、そっちこそ何言うとんねん。」

語尾が『とう』や『とん』になる神戸弁はどうしても少々きつく聞こえる。
『何言うとんねん』なんぞと言われてしまった忍足は
にその気はないのだろうと思いつつもちょっとムッとした。
時は昼休み、2人でモソモソと教室で昼飯にしている所だった。

「まぁそないな顔するなって。それより私の撮ったん見てやってくれや。」
「せやから『くれや』とか言うなていっつも…」

忍足の言葉は目の前に突きつけられたデジカメの
液晶画面のせいで遮られてしまう。

「どないや?」

言われて見つめる画面には多分休み時間に
が撮影したのであろう潅木(かんぼく)の画像が映っている。

「前から(おも)てたんやけどな、」

忍足は言った。

「お前こんな見境なしに写真撮って一体どないしてるん?」
「んー?」

生姜入りの卵焼きを()みながらは忍足を見る。

「別に。撮ってデータ保存してるだけ。」
「それだけ?」
「うん。」
「何で、他に使い道あるやろ。印刷して誰かにやるとかネットで公開するとか。」

忍足が言うとは卵焼きを飲み下した。

「そらまぁ出来へんことないけど、印刷してもあげる相手がおる訳やなし、
ネットに載せても誰かが見るとは到底思えへんからなー。」
「勿体無いことするなぁ。」
「ええねん。」

は言った。

「忍足が見てくれるんやったら充分やからな。」

言われて忍足は変わった奴やな、と思いながらも悪い気はしない、と感じていた。

彼らはその後まるで掛け合い漫才のようなノリでしょうもないことを言い合って
昼休みを過ごしたのだった。



周りから言われることがある。
あれだけと仲がいいのに、何故付き合ってはいないのか、と。

聞かれる度に忍足はこう答えていた。

『何でいちいちそういう方に落ち着かせる必要があるねん。』

と。

今日の部活の時だってそうだった。

「なぁ、侑士。」

向日が言った。

「お前とって付き合わない訳?」

ドリンクを飲んでいた忍足は危うく吹き出す所だった。

「いきなり何言うてんねん!」
「だってよぉ、しょっちゅう一緒にいるじゃんか。遅刻までしてさ。」
「関係ないやろ、付き()うてへんもんは付き合うてへんねん。」
「何だ、お前ら付き合ってたんじゃねぇのか。」

近くにいた宍戸が出し抜けに言った。
宍戸は驚いたような声をあげていた訳だが寧ろ驚いたのは忍足の方だ。

「してへんって。どっから聞いたんや。」
「意外ですね、あんなに仲がいいからてっきりもうって思ってました。」
「鳳まで何言うてんねん。」

後輩にまで妙なことを言われて忍足は肩を落とすしかない。

「で、結局侑士的にはどーなんだよ。」

向日がニヤニヤ笑いながら言った。
こいつ、ええ加減どついたろか、と忍足は思ったが
それで事が解決するというわけでもない。

「俺は別に。」

彼は答えた。

と付き合いたいとか何とか(おも)たことないわ。」

周りがええっ?!と声をあげる。

「何でだよっ?!」

一番反応が激しいのは向日だ。

「何でも何も、」

忍足はドリンクをすすりながら事も無げに言う。

「俺らは今のままが一番ええからなぁ。」
「お前ら、絶対どっかおかしいって!普通そこまで来たら
後は付き合うって方向に行くだろ。」
「何度も言うてるやろ、岳人。俺らには俺らのやり方があるんや。
何でいちいちそういう方に落ち着かせる必要があるねん。」

向日は納得が行かないという感じで膨れっ面をしたが、鳳にまぁまぁとなだめられる。
宍戸は阿呆くせぇ、と鼻を鳴らしてその場を離れていった。
(はた)で話だけ聞いていた連中はというと、1人は欠伸をして眠りに入り、
1人ははなから興味がないといった風にラケットのガットを弄る。
後の1人は後輩に何か命令しながら忍足の方を見てニヤリと笑った。

どいつもこいつも、と忍足が思ったのは言うまでもない。



「ちゅう訳で、好き勝手言われまくってん。」

部活が終わった帰り道、忍足はにそう漏らした。
とっくに部活を終えて帰っているはずのが何故一緒にいるかというと、
本人曰く、部活の後も学校中を回って何か撮影してたらしい。

「そら災難やったなぁ。」

は言った。

「せやけど私もよう言われるで、付き合うてへんのかって。」
「ホンマに?嫌やな。」
「せやねん。アレって何なんやろな、鬱陶しいわ。」
「ホンマそれ。」

言い合って2人はしばらく沈黙する。

「ま、そんな辛気臭い話してもしゃあないわな。」

沈黙を破ったのはの方だった。

「こーなったら帰りに電器屋へゴーや。」
「待てやコラ。」

忍足は思わず突っ込んだ。

「どっから電器屋が出てくんねん。」
「決まっとうやろ、いつか買うつもりのマイデジカメちゃんの
目星をつけに行くんや。」
「それ中学生が下校中にすることか?
大体、補導されたらどないしてくれんねん。」
「ゴチャゴチャうっさいな、はよ進めや。お前の方が足速いんやから。」

また背中を蹴られて忍足はたまらんな、と思った。

そして早く進めと言ったくせに先に歩き出すに向かって

「あの阿呆。」

ボソッと表情と一致していない言葉を吐いた。



結局、に電器屋に強制連行され、しかもその後また『撮影』
(今度は夕焼け空が気に入ったらしくは何度もシャッターを切っていた)
に付き合わされて忍足はヘトヘトになって自宅に戻った。
正直、部活よりもに付き合わされたので疲れたような気がする。

部屋のベッドに寝転がっていたら、ふいに携帯電話から大音量の歌声が流れてきた。
着信は、『』。

「もしもし。」
「あ、忍足。」
「他の誰やねん。で、どないした。」
「あのな、今からそっち行ってもええ?」
「何で?」
「撮影のことばっか考えてて数学の授業聞いてなかってん。
明日当たるんやけど全然ノート取ってへんから写さしてもらお思て。」
「えー加減にせぇ!」



傍からみれば普通じゃないかもしれない。
だが彼らにとってはそれが日常でそれが一番大事なものなのだ。
別に恋人同士じゃなくていい。
繋がっていれば、それで。



そんなこんなで忍足侑士との日常は流れ、また朝が始まる。

「忍足ー。」
「おう、、おはよー。また朝早いってことはお前また何か撮影するつもりやろ。」
「何や、何か悪いことでもあるんか。」
「別に。」

忍足は言った。

「お前が、また数学聞き逃さへんのやったら何でもええわ。」
「どつくぞ、しまいに。」

忍足は珍しくアッハッハと声をあげて笑った。

「ほな、行こか。」
「おう!」


終わり。



作者の後書(戯言とも言う)

最初はキャラの一人称で書こうとしてたのに
うまく行かず3人称で丸々書き直したらうまく進んだ…
などという回り道が最早いつものこととなってしまっている
今日この頃の撃鉄シグです。
そしてこれを書いてる間、猫商人が資料用に編集してDVDに録画した
ゼーガペイン(アニメ)のオープニングとエンディングの映像を繰り返し再生していました。
(完全にCD代わり。映像は全然見ずに息抜きに何度か見るという感じで。)

さて、そんな妙な状況下で書き上げた久々のドリーム小説、今回は忍足少年となりました。
しかもこれまた久々の関西弁(神戸弁)ヒロインです。
いや、もう何と言うか主人公の台詞回しは本領発揮(笑)でありました。
何せサイト始動当初は関西弁(神戸弁)ヒロインのみでしたから。
(後で何度考えても相当に変わっている)

デジカメ始終持ち歩き、という設定は元々乾夢で
考えていたものなのですが乾夢の方では意外と
うまく機能させることが出来なかったので
今回、忍足夢で使うという形に収まりました。
ともあれこの作品はリクエストくださった古倉秀様に捧げます。
ご希望に沿えることが出来ていれば幸いです。
ここまで読んでくださった皆様も有難うございました。

2006/04/23

忍足侑士夢小説メニューへ戻る。